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第二回丸山ジャズ大学 投稿者:丸山繁雄 投稿日:2009/10/19(Mon) 08:41 No.1867   

昨日第二回丸山ジャズ大学が無事終了しました。
ご参加くださった皆様、拙い講義でしたが、ご静聴ありがとうございます。
おかげさまにて一回目、二回目とも好評を賜り、
心よりしあわせに思っております。
この度はアフリカ文化の復習と、アフリカ舞踊の特徴を考えてみました。
次回は2月11日(祭日)14:00からと決定しました。
今度は本格的に奴隷貿易、奴隷制の実態を、
コロンブスの犯罪から説き起こしてみたいと思っております。
ご期待ください。

発表会ありがとうございま... 投稿者:かおり@名古屋 投稿日:2009/10/01(Thu) 18:51 No.1865   

最終日に登場した名古屋の塩之谷です。
歌にサックスに、何度も登場させていただきありがとうございました。
いつもあがってしまって膝がくがくでとちるのですが、今回は今までの中ではまだましだったような気がします。
さて次は何を歌おうかな・・・

Re: 発表会ありがとうござ... - 丸山繁雄 2009/10/02(Fri) 10:02 No.1866
かおり様。
お疲れ様でした。
大活躍でしたね。
今日から名古屋レッスン開始です。
気合いを入れて新幹線に乗ります。
では、名古屋で。

丸山繁雄


発表回終了!!! 投稿者:丸山繁雄 投稿日:2009/09/29(Tue) 01:27 No.1864   

9月13,20,27日と三週にわたって行われた2009年の発表会が無事終了しました。
生徒の皆様、ご苦労様でした。
そしてミュージシャンの皆様、大変お世話になりました。
本年は15名の新人に恵まれ、大変意義深い発表会でした。
来年目指して、今日からすでにレッスンはスタートしました。
先ほど(深夜1:00)帰宅したところです。
明日はケニーズのセッションです。
皆さん、ケニーズでお会いしましょう。

丸山繁雄

ミスタータックルマン 投稿者:鈴木誠一 投稿日:2009/08/14(Fri) 10:59 No.1861   

我が敬愛してやまないラグビー元日本代表、石塚武生氏(享年57)が急死された。炎のタックルマン、石塚武生氏の葬儀で、彼に捧げた丸山繁雄氏の「タックルダウン」が、会場に流れた。私の携帯に元日本のフルバlック、小林正幸氏から電話が入った。 「石塚、逝っちゃったよ。早すぎるよ。あいつの代は、佐野に続いて3人目だ。早すぎる。実に無念だ。」小林正幸氏の話によると5日まで長野菅平で高校生を熱血指導、勿論、体を張って学生と共に走ったという。石塚武生氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

  石塚武生氏は、名門国学院久我山高3年でラグビーを始め、最初はWTB、早大進学後フランカーに転向した。地をはうような低い炎のタックルは、彼の代名詞だった。快足WTB、JJウィリアムズの突進を一発のタックルでタッチラインの外に弾き飛ばした話は余りにも有名。日本代表キャップ28の数字は、1989年5月に林敏之(神戸製鋼)に破られるまで、6年の最多記録だった。

 石塚武生氏は、いつもエネルギッシュで頑健な人だった。じっと座っている姿は見たことがないと誰もが言う。いつも体を動かしていた。「タックルは、技術ではない。気合だ。」彼の口ぐせだった。石塚武生氏は、自分に厳しく、何よりタックルに対する思い入れは人一倍だった。大西鉄之祐先生の「ラグビー荒ぶる魂」「展開、接近、連続」「ゆさぶり戦法」の愛弟子で大西ラグビーの実践者だった。大西ラグビーを引き継いだ日比野弘、木本建治は、石塚武生のタックルを攻撃の起点にラグビーを組み立てた。敵がどうこうではなくて、自分達が
いかにUltmateできるか。追い求めるは相対的ではなく、自分の中にある絶対的な強さ。敵は己の中にあり。究極、徹底、こだわり。諦めない粘り。内的(精神力)外的(体力)フィット
ネスの強さ。派手なアタックより、地味なデフェンスにその強さを見た石塚武生氏は、倒れても倒れても、次々に起き上がってディフェンスにいくゾンビディフェンスと謳われた。低く刺さるタックル。タックルからボールを奪い、攻撃につなげるアタッキングタックル(アタックル、ターンオーバー)、一発で倒すくの字タックルは、石塚武生氏の炎のタックルに、その起源を見る。石塚武生流攻撃的アタックルは、早稲田のゴール前の鉄壁の得点を許さない組織ディフェンスと共に鉄壁の防御の早稲田ラグビーの真骨頂だった。石塚武生氏ラグビーを愛する不断の思いと炎のタックル魂の継承が、荒ぶる早稲田ラグビーを集大成させた。

  日本一になった時謳われる「荒ぶる」が、彼の葬儀で涙の中で歌われた。「荒ぶる吹雪の逆巻く中に、球蹴る我等は銀塊砕く。早稲田のラグビーは、斯界になびき、いざ行け我等がラグビー早稲田、ララ早稲田、ララ早稲田、ララララ早稲田。」
早稲田家族。「継承、緊張、創造」の精神。何にでも一生懸命やれる。命をかけられる。 ラグビーの真髄、One For ALL、ALL For One.  No Side.人は、スポーツ、文化、芸術、何も打算の無いものに感動する。そこにこそ人間的価値がある。石塚武生氏、あなたは、多くのラグビーファンの心の中に、炎のタックルマンとして永遠に生き続けられることでしょう。ありがとう。ミスタータックルマン。                   (早大ラグビー部中退) 鈴木誠一拝

Re: ミスタータックルマン - 丸山繁雄 2009/08/15(Sat) 21:49 No.1862
鈴木誠一様

熱情あふれるご投稿、ありがとうございます。
石塚の死は、日本ラグビー界全体に大きな衝撃でした。
あの葬儀に集まった、すべての日本ラグビー界重鎮の姿がそれを物語っていました。

「人は、スポーツ、文化、何も打算のないものに感動する。」

まさにおっしゃるとおりでしょう。
あのすばらしい石塚に、せめて生前ご交誼を持つことができたこと。また、彼に捧げて作品を書き、それが彼にも、またご遺族にも喜んでいただけたこと、心より光栄に思います。

私からも再び、ありがとう。ミスター・タックル・マン。


訃報 投稿者:丸山繁雄 投稿日:2009/08/07(Fri) 15:42 No.1860   

 ラグビーの元日本代表主将で、茨城・常総学院高ラグビー部監督の石塚武生氏が6日、茨城・土浦市の自宅で急逝されました。享年57。
 私事ながら拙作「ラグビー組曲」の第5曲「Tackle Down!」は「ミスター・タックル・マン石塚のマーチ」と副題し、石塚武生氏に捧げたものでした。
 私が人生のどん底を体験していた頃、早明ラグビーでの彼らのプレイがどれほど勇気を与えてくれたか、はかりしれません。
 ジャパン代表の頃、捨て身のタックルで骨折した足をボルトでつなぎ、死ぬほど苦しいリハビリを経てまたもやジャパン代表に復帰した姿。ウェールズ代表を迎えうった試合、名ウィングのJ.J.ウィリアムズを一発でラインの外に飛ばした見事なタックル。
石塚の残像はまだぼくのまぶたに浮かんで消えることはありません。

「ラグビー組曲」はそんな思いが込められた作品です。
 初演の会場には、留学先のイングランドから花束を届けてくれました。激しい闘志と同居する、彼の優しさも忘れられません。

 実兄輝義氏のお話しでは、休日返上で小学生のタグ・ラグビー指導に当たるなど、相変わらず体を酷使していた由。
 あの小柄な体でヨーロッパ人の巨大なフォワードに挑み続けたミスター・タックル・マンそのままの勇気あふれる人生でした。

 あまりにも早すぎたお別れに、悲しみは尽きませんが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 石塚武生氏葬儀
通夜:2009年8月8日
告別式:9日
会場:泉龍寺別院
東京都狛江市元和泉1−13−18

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